「っ!?」

目覚めは唐突に訪れた。背中にじっとりと汗をかいている。何か夢を見ていた気がするが、印象だけが残り内容を思い出すことはできなかった。

「おや、お目覚めですか。今日は早いですね」

そう言いながら部屋に入ってきたのは、眼鏡をかけた長身の男だ。彼も寝起きなのか、欠伸を噛み殺している。

「あぁ・・・今何時だ?」

この眼鏡の同居人・・・フェイ・オーランドの寝起き姿を見るような時間にはまず起きることはない。相当早い時間なのだろうと思い、気まぐれに問いかけてみる。

「朝の7時を回ったところですよ。しかし・・・顔色が悪いようですが・・・嫌な夢でも見ましたか?」

「まぁ、そんなところだ」

体を起こし、ベッドから抜け出す。

「何か軽くつまめるものはあるか?」

「トーストでいいならこれから用意しますよ。そういえば・・・今日はアリーナ戦でしたね、アインは」

着替えをしながらフェイが問いかけてくる。

「あぁ。そういえばそうだったな・・・」

立ち上がり、軽く伸びをしながら答える。黒いジャケットに袖を通し、身なりを整える。

「そういえば・・・最近、ガレージのオヤジさんが文句を言っていましたよ。アインは駆動系に負担をかけすぎる、とね」

着替えを終えたフェイが苦笑しながら言う。

「仕方ないだろう。お前のACと違って俺のブリューナクは高機動型だからな」

「まぁ、それはそうですがね・・・しかし、このご時世、よく軽量二脚・・・しかも近距離型の機体で戦えますね」

「エネルギーと熱量を調整してやれば、やってできないことはない」

仏頂面で答えながら歩き出す。向かうのは部屋の出口だ。

「そんなことより・・・飯にしてくれ。朝早いせいか流石に腹が減った」

「ふふ、分かりました」

苦笑はそのままに、フェイも部屋を後にする。空けた覚えの無い窓からは風が吹き、誰もいなくなった部屋のカーテンを揺らしていた。





『試合開始30分前です。各スタッフ及び参加レイヴンはスタンバイを開始してください』

「ん・・・もうそろそろ時間か」

アリーナのアナウンスを、ACのコックピッド内で聞きながら顔を上げる。

「オヤジ、調整は終わってるか?」

『当たり前だ。俺を誰だと思ってやがる』

通信機越しに、自信に満ちた野太い声が帰ってくる。アインがいつも利用しているガレージの総責任者だ。みんなから「オヤジさん」と呼ばれているので、アインもそれに習い、オヤジと呼んでいる。

「そうか。それじゃあ機体を移動させる。作業員に伝えてくれ」

『あいよ。少し待ってな』

通信が切れると、ACの周囲で作業をしていた作業員が離れていく。時間を置き、完全に周囲に人が居なくなったことを確認するとACを歩かせ、搭乗ゲートへのリフトへと移動させる。

『アイン』

リフトにACを固定したところでフェイから通信が入る。

「なんだ?試合前に」

『今日の相手ですが・・・勝てますか?貴方の機体で』

「今日の相手、か・・・」

そう言われ、今日の対戦相手を反芻する。
           ブラックバレル
『天地 瞬・・・黒き砲身 瞬と呼ばれる上位のタンク使い。接近戦主体の貴方のACとの対戦相性は最悪ですが・・・』

「調整に入る前にも言っただろう。何事もやってみなければ分からない」

『ふふ・・・貴方の口癖ですね。それは。では、試合の方、頑張ってください』

その言葉を最後に通信が切られる。フェイの心配性にも困ったものだ。

「さてと・・・」

試合開始まで5分を切り、ACを乗せたリフトがゆっくりと動き出す。アインの眼はモニターを凝視し、機体のステータスを睨む。

駆動系統に問題無し。エネルギー供給、放熱性能に関しても異常なし。システムは全て正常に働いている。あとは・・・。

「俺の腕次第・・・だな」

その瞳は、獲物を狙う肉食獣のように前だけに向けられていた。やがてリフトが停止し、目の前のゲートが開かれる・・・





『これより、アイン・ディスバルド対天地 瞬のエキシビジョンマッチを開始します』

外に流れるアナウンスを集音器で拾いながら、コックピットのコンソールに指を滑らせる。

『システム 擬似戦闘モードを起動します』

機械的な女性の声でAIが応答し、システムが擬似戦闘モード・・・敵機の損害状況で自動的に動作を制御するモードが立ち上がり、それに合わせ中央ディスプレイに待機メッセージが表示される。

「よし・・・」

そう呟く視線の先・・・ディスプレイに映し出された黒いタンク型のACを見つめる。やがて、ディプレイの表示が変わり・・・

READY・・・GO!!

ディスプレイからメッセージが消えた瞬間、双方が動きを見せる。漆黒のACからは灼熱の閃光が放たれ、かたや蒼いACは走狗のごとき速さでスライド移動する。

「っ・・・」

グレネードランチャーの爆風に機体を撫でられながらも蒼のAC・・・ブリューナクは旋回するように漆黒のACへと向かう。

「致命傷を貰う前に・・・こちらが仕掛ける・・・!」

呟きながらACを突進させるが、マシンガンによる弾幕で思うように接近が出来ない。被弾覚悟で懐に飛び込むこともできるが、下手をすれば大火力の餌食となる。

アインは苦虫を噛み潰したような顔で回避に専念する。ただ避けるだけでは無く、右腕に装備したハンドグレネードで応戦するが回避しながらの射撃では大して狙いが定まらず、地面を穿つだけに留まる。

「くそ・・・踊らされたままか・・・ならば」

言うが早いか、ブリューナクの背後から甲高い音が響き渡る。その音が最高潮に達したかと思うと、蒼い残像だけを残し、その姿が消える。

瞬時にしてその場から消えたブリューナクに対し、黒いACは射撃を止め、後退を始める。オーバードブーストの奇襲に対抗するためだ。と、レーダーが高速で接近する物体を捉えたのか、方向転換をし、肩の黒光りする砲身・・・彼がブラックバレルと呼ばれる所以であるグレネードランチャーを向ける。

「くっ・・・!」

砲身を向けられるが、この高速移動中に無理な回避は不可能だ。覚悟を決め、左手に月光にも似た耀きのエネルギーを収束させる。

閃光。爆発。衝撃。

一瞬視界が白く覆われ、レーダーに頼り即座に敵から離れる。アラートが鳴っているが、とりあえず今は無視だ。

「損害は・・・」

安全な距離まで退避すると、画面表示を横目で見る。どうやら至近距離でグレネードを食らい、右腕が完全に吹き飛んだようだ。駆動系にも多少の障害がでている。一方の相手はというと、さすがにブレードの一撃で仕留めることは無理だったようで、コアに傷を残しただけに留まる。否、マシンガンを捨てたところを見ると左腕にダメージを与えたようだ。

「それでも・・・向こうの火力は健在・・・か」

こちらに残ったのは左手のブレード一本。対して相手の損害はマシンガンのみでその装甲、火力はまだまだ健在だ。それを証明するように、今度はレーザーキャノンをこちらに向かって発射してくる。

幸いというか、ダメージを受けてはいるがこちらの機動力も完全には死んでいない。回避に全神経を注ぎながら勝つ術を模索する。

(どうする・・・?向こうの火力はまだまだ健在だ・・・奇襲ももう通じまい。弾幕は無いが・・・これでは)

漆黒のACからはグレネードの爆音とレーザーキャノンの閃光が交互に放たれ、こちらが回避し終える合間を縫ってバズーカも飛来する。下手に被弾すれば今度こそ致命傷だ。

(打つ手無しか・・・いや)

ネガティヴに働いていた思考を切り替える。大火力の武器はその性質上、次弾発射までに若干のタイムラグが生じる。加えて、装弾数もそう多くは無い。それを補うバズーカを回避できれば、まだ勝機はある。

(被弾できないのが俺の機体の難点だな・・・だが、やるしかない)

思考を止め、再び回避に専念する。だが今度は、ただ回避するだけではない。回避しつつも徐々に距離を詰めていく。被弾する確率は上がるが、他に接近する手立ては無い。やがて、グレネードとバズーカのタイミングを計り・・・

(・・・今だっ!)

意を決し、ブリューナクを跳躍させる。狙うのは、先ほどダメージを与えたコアだ。一気に距離を詰め、ブレードにエネルギーを収束させる。それを振りかぶり・・・。

「何っ!?」

次の瞬間、アインの目に映ったのは漆黒のACの肩が開き、そこから発射されるロケッド弾だった。

回避しようにもすでに遅く、ロケット弾が眼前に広がったのを最後にディスプレイが砂嵐に覆われる。メインカメラごと頭部が破壊されたのだ。それに合わせ、機体の熱量表示が危険域を示す。食らったのはナパーム弾だった。

「インサイドか・・・迂闊」

敗北を確信し、アリーナのターミナルに接続、戦闘不能を通知する。程なくしてアナウンスが勝利者の名を告げる。

『アイン・ディスバルドの申請を受諾。勝者、天地 瞬』

そのアナウンスと共にAIが擬似戦闘モードを解除、通常モードに移行させる。

「負けた・・・か」

その呟きも虚しく、敗北したという倦怠感だけがコックピットを包み込んだ。





「お疲れ様です、アイン」

コックピットから降りたアインを出迎えたのはフェイだった。

「残念でしたね。紙一重・・・と言ったところですか」

アインの顔色を察したのか、フェイがそんなことを言ってくる。

「紙一重・・・そんなものじゃない。インサイドを失念していた俺のミスだ。実際、向こうにはほとんどダメージを与えられていないしな」

「そんなことはありませんよ・・・ほら」

フェイの指差す先には、今しがた搬送された漆黒のAC。しかし、その姿はアインが最後に見たものとは違っていた。

「あの最後のブレード・・・ヒットしていたのですよ。最後の被弾が無ければ、まだ勝ち目はあったかもしれませんね」

漆黒のACから伸びる砲身は・・・否、伸びていた砲身は半ばから無くなっていた。そしてグレネードを装備した左肩から袈裟切りにブレードの線が走り、右腕が肘から切り落とされている。

「カメラが潰れて分からなかったが・・・あそこまで深く斬り込んでいたのか」

呆然とその様を眺めていると、こちらに近づいてくる人影があった。

「お疲れ様でした。まさか最後の一撃であそこまでやられるとは思いませんでした」

近づいてきた青年はそう言いながら右手を差し出した。

「お前は・・・天地 瞬、か」

自分も手を差し出し、握手を交わしながらその瞳を見る。完全には伺い知れないが、その眼には驚愕と賞賛の入り混じったような色が見て取れた。

「ええ。僕が天地 瞬です。アイン・ディスバルドさん」

こちらの名を呼びながら瞬が手を離す。そのまま視線を移動させ、ブリューナクと自分のACを交互に見る。

「言い方は失礼ですが・・・軽量級にここまでやられるとは思いませんでしたよ」

心持肩を落とし、視線を戻してくる。

「いや・・・まぐれ当たりというやつだ。そっちこそ・・・見事な動きだった。黒き砲身、の二つ名は伊達ではないということか」

「そんな、大げさな・・・。ではそろそろ失礼します。また対戦できる日を楽しみにしていますよ」

その言葉を残し、アリーナ戦後の処理をするために自分のACの元へと戻っていく。自分もこうしている場合ではない。修理の手配や、さまざまな処理が残っている。

「さてと・・・アイン、少しいいですか?」

処理をするためにオヤジさんの所へ行こうとするアインをフェイが呼び止める。

「少し待ってろ。オヤジのところで事後処理を済ませてくる」

そう言い残し、足早にACの損傷をチェックしているオヤジさんの元へと向かい、修理の依頼と事後処理を頼むとすぐにフェイの所に戻ってくる。

「それで、話とはなんだ?」

「ええ、これを見てください」

言いながら差し出された携帯用の情報端末を受け取り、中を覗いてみる。

「これは・・・レイヴンへの依頼・・・か?」

「ええ、そのようです。しかし、妙なのですよ」

届いていたメールの内容は、エイバレークという場所にある施設を襲撃し、そこにある研究サンプルを入手して欲しい、ということだった。報酬は全額前金、しかもかなりの高額であった。

「エイバレーク・・・?数年前に破棄された閉鎖地区だぞ?そんなところに研究施設などあるのか?それにこんな高額な報酬など・・・」

数年前、世界は謎の無人兵器による出現で未曾有の混乱に陥った。経済的にも環境的にも影響を及ぼし、いくつもの閉鎖地区を生んだ。エイバレークも、そんな放置された場所の一つだ。

「ええ、胡散臭い話ではあります。その研究サンプルというのがどのようなものなのかも分かりませんし・・・入手したとしても、その後如何すればいいかも明記されていません。メールを返信してみたのですが、どうも使い捨てを使ったようで・・・エラーが出るだけです。 しかし・・・確認したところ、きちんと入金はされていたのですよ。どうしますか?アイン。かなり危険な依頼だとは思いますが・・・」

「入金はされていたのだろう?それに、後のことが明記されていないということは、手に入れた後は知ったことではないということだ。依頼の内容がどうであれ、金を受け取った以上仕事は引き受ける。それがレイヴンというものだ」

「ふぅ・・・貴方ならそう言うと思いましたよ」

やれやれ、とため息を一つ吐きながらフェイが肩をすくめる。アインはどのような依頼であれ、断ったことは無い。今回もこうなるであろうとは予測していたのだ。

「とりあえず・・・帰りましょうか。ミッションについての詳しい話はそれからにしましょう」

「そうだな。腹も減った」

そう言うとお互い頷き手荷物をまとめるとACのことをオヤジさんに任せ、帰途へと着く。

「・・・」

中破し、膝を突くブリューナクを一度だけ振り返ると、アインは無言で歩き出した。





闇。白い闇。その中で青く輝く光。その光が詠う。囁く。

―時は満ちた―

静かに、そして涼やかに声が白き闇に響く。

―彼は動き出した。運命を否定し、存在の規格外となる者が。やがてすべてが流転する。止めることは出来ない。逆らうこともできない―

声は淡々と詠い上げる。

―鍵は彼を見つけるか?否、彼がそれを見つける。鍵は鍵に過ぎない。きっかけにしかならない―

どこまでも続くかと思われる声は、されど必要以上には響かず、しかし飲まれることなく。

―待っているのは崩壊の序曲か?それとも再生の円舞か?それを決めるのは人類の最強たる彼。すべてを解き放つ彼―

淡々と続く声に、力が入ったように思えたのは果たして思い違いだっただろうか。

―さぁ、詠おう。終わる世界への鎮魂歌を。始まる世界への賛美歌を―

それを最後に、声は霧のように掻き消える。白い闇の中に蒼い輝きは、もう無い

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